裁判例

賃借人の漏水調査への協力義務違反と契約解除

2022-10-28

東京地裁平成26年10月20日判決

 本判決は、建物の賃貸借契約において、賃借人が漏水調査に協力しなかったことを主たる理由として、信頼関係の破壊を認め、契約解除を是認した事例です。

事案の概要

2003年(平成15年)4月賃貸借契約開始
家賃84,000円、期間2年(建物はこの時点で築24年・木造)
2011年(平成23年)4月更新契約書について、賃借人が「法律・規則で明白な条文等は削除してください」などとしたことから、合意に至らず(法定更新となる)
2011年5月賃借人の立ち会いの下の調査により、漏水の痕跡が認められた
賃借人が、更新及び漏水調査において管理会社に不信感を抱き、やりとりに一切、応じなくなった
2011年11月賃貸人は、漏水調査に応じないことを理由に契約を解除し、明渡訴訟(前訴)を起こした
2012年7月前訴手続中に、漏水調査の協議がなされ、漏水確認修復工事が完了
2012年9月賃貸人が前訴の請求を放棄し、前訴は終了した
2013年5月階下の住民から、天井に漏水が生じているとの連絡があり、漏水調査を実施
その結果、本件居室の浴室床躯体の亀裂からと確認
賃貸人から賃借人に、立入調査への協力を要請するも、過去の同様の漏水調査で無関係であることが判明している、などと要請に応じなかった
2013年10月階下の部屋の合意解約、賃貸人は階下の入居者に、補償費25万円及び引越費用全額を支払い、敷金も全額返還し、階下の入居者は退去した
2013年12月賃貸人が訴訟を提起。訴状送達をもって、債務不履行解除(予備的に解約申入れ)の意思表示をした

争点

 本件の主たる争点は、①賃借人の債務不履行による契約解除の可否、②賃借人の協力義務違反と賃貸人の損害との因果関係、③漏水工事が完了するまでの階下の部屋の(退去日以降の)階下の賃料相当の損害賠償です。

裁判所の判断

 裁判所は、漏水の調査及び修繕工事は建物の保存に必要であるから、賃借人には協力すべき義務があり、本件で賃借人の拒絶に正当な理由はないとして、債務不履行(協力義務違反)を認め、解除による明渡義務を肯定しました。
 そして、階下の部屋の解約に伴い、賃貸人が階下の入居者に対して支払った、補償費25万円,移転費22万9600円,引越業者代4万9350円及びハウスクリーニング費用3万9900円の合計56万8850円も、因果関係を有する損害として、損害賠償を認めました。
 もっとも、階下の部屋の賃料相当額を負担する期間については、漏水工事完了までではなく、調査が可能になるまでとしました。漏水自体は賃借人の責任ではないので、調査後、工事完了までの期間は責任を負わないという考え方です。

ポイント

 賃貸借契約のトラブルにおいて、修繕や調査への協力が得られない、という例は意外と多くあります。特に、何らかの事情で賃貸人と賃借人の間に不信感などがある場合に問題となります。
 大半は、それでも間に第三者(弁護士等)が入れば、協力に至り短期間で解決します。ただし、中には裁判となったり、仮処分(緊急性がある場合の裁判所の決定)となったりする場合もあります。
 調査や点検、修繕は、ときに建物の価値に関係したり、利用する方の安全や衛生に影響したりする場合がありますので、お困りの場合は、弁護士にご相談されることをお勧めします。

無断転貸による信頼関係の破壊

2022-10-18

東京地裁令和3年11月29日判決

 本件は、東京都港区内にビルを有する家主が、貸している店舗物件で転貸があったとして契約解除を通知し、解除が認められた事例です。

契約内容

 この物件は1980年代から、賃借人に対して貸し出され、主に衣料品販売、化粧品販売等の店舗として使用されてきました。
 更新が繰り返され、直近の契約内容は次の通りでした。禁止行為や解除要件は一般的なものです。

賃貸借期間2018年4月20日から2020年4月19日まで
賃料70万円/月
共益費2万円/月
消費税賃借人は賃料及び共益費に賦課される消費税相当額を別途負担
禁止行為本件建物の全部又は一部を第三者に転貸し、又は使用させてはならない。
契約の解除賃借人が転貸禁止等の契約違反に該当することがあったときは、賃貸人は何らの催告なしに本件賃貸借契約を解除することができるものとする。

転貸の概要

 賃借人は、2009年11月に、かつら販売業大手のA社との間で商品販売業務に関する契約を締結し、A社は2010年4月頃にこの物件に女性用ウィッグの専門店をオープンしました。
 その後、約10年間、A社はウィッグ専門店としてこの物件を使用していました。
 賃借人とA社は、両者間の契約を賃貸借契約(転貸)ではなく、A社から賃借人に対して商品販売業務を委託する契約であり、支払われる料金も、賃料ではなく業務委託手数料である、などとしていました。その料金は、最低保証額が月額132万円(税別)で、売上が2000万円を超えた場合に超過額の2%を加算するというものであり、加算は実際にはなされたことがなく、事実上は132万円固定額でした。
 また、A社従業員が本件店舗に派遣され、賃借人の従業員は一人も本件店舗では働いていないという状態でした。
 家主は2019年に転貸の事実を知り、契約の解除を通知して賃借人及びA社に建物明渡を求めて提訴しました。

争点

 裁判上の争点は次の通りです。

①転貸の有無

 転貸ではない、と主張する賃借人及びA社は、業務委託として売上げに連動した販売手数料を支払っている、建物使用の警備料金、電話料金、保険料等は賃借人が支払っている、A社従業員の稼働は受託業務の履行補助に過ぎない、など主張しました。あくまでも、賃借人がA社から手数料を受け取って受託業務を行っている、という形です。
 これに対して家主としては、事実上の定額払い、賃借人従業員の不在等を主張して反論しました。

②承諾の有無

 賃借人及びA社は、本件店舗がA社のブランドであることは一見して明らかであるが、家主は長期間問題視してこなかった、などとして黙示の承諾があった、としました。
 家主は建物の外観のみしか確認できず、スタッフの所属や業務契約の内容は判らなかった、と反論しました。

③信頼関係破壊の有無

 賃借人は、仮に転貸であるとしても、賃料支払に問題はなく、使用態様の変更もないから家主に不都合・不利益はないとして、信頼関係は破壊されていないと主張しました。
 家主は、無断転貸である以上、信頼関係は破壊されている、と主張しました。

裁判所の判断

 裁判所は、結論として無断転貸による契約解除を認め、賃借人に退去を命じました。

 転貸の有無については、毎月定額の支払いをしていたA社が賃料と認識し、働いていたのがA社従業員のみであり、必要諸経費もA社が負担していた事実などから、これを認めました。

 承諾の有無については、家主が、転貸について確信的に知ったのが近時であった、という家主の供述が信用できるとして、転貸を承諾していたことはない、と判断しました。

 さらに信頼関係の破壊については、「使用利益を言わば横流しする行為」と述べ、原賃貸と転貸の間の賃料差が大きいことなども指摘して、信頼関係の破壊を認めました。

ポイント

 建物の賃貸借契約においては、家賃滞納が最も典型的な契約違反ですが、それ以外にも迷惑行為や目的外使用、定員超過などの契約違反が問題となることも多く、本件のような無断転貸も少なからず生じています。
 契約違反による解除では、信頼関係の破壊の有無(無断転貸や無断増改築では、文言として「背信行為と認めるに足りない特段の事情があるか」という言い方がなされることもありますが、価値判断としては、両者は共通すると考えられます。)が問題となります。
 本件は、家賃の差額を賃借人(転貸人)が得ている事実などから、家主に表面上は不利益・不都合がなくても、解除が認められる、とした点で参考となります。

 

新型コロナウィルスによる売上げ激減と、飲食店の賃料支払義務

2022-09-27

東京地裁令和3年7月20日判決

 この事例は、店舗物件を賃借して飲食店(創作和食)を経営する会社が、新型コロナウィルスの影響で経営が悪化し、家賃滞納を理由として貸主から建物明渡と滞納家賃の支払いを求められた事例です。

 飲食店側は、売上げが激減し、利益が90%減少していることから、家賃支払債務も90%相当が消滅していると主張しました。また、緊急事態宣言が出されていた間は賃料支払債務を負わない、と主張しました。

 この他、連帯保証人(元代表取締役)は既に辞任し、代表取締役及び取締役の地位を離れているから、保証債務負わないと主張しました。

賃貸借契約の内容

 飲食店営業を目的とした賃貸借契約です。
 期間  2013年10月1日から2023年9月30日まで
 賃料等 月額189万2205円

 飲食店の運営会社の代表取締役(2013年9月当時)は、上記の賃貸借契約において、連帯保証人となっていました。

経過と争点

 2020年初頭から拡がった新型コロナウィルス感染症により、飲食店は来客が減少したり、休業を余儀なくされるなど、経営環境が厳しくなりました。

 そこで、本件の被告会社も、2020年2月分から7月分までの賃料等、合計1265万円以上を滞納したため、貸主から催告・解除通知の書面が2020年8月末ころ、送られました。

 その後も滞納が継続し、明渡しと支払を求め、貸主側は2020年9月23日に裁判を起こしました。

 被告店舗側は、飲食店の利益が90%減少していることから、貸主の義務も90%消滅しているため、賃料支払債務もやはり90%減少していると主張しました。また緊急事態宣言が出されて店舗が営業できなかった期間は、物件が使用することができなかったから賃料は発生しない、と主張しました。

 この他、連帯保証人は2016年7月31日に代表取締役を辞任しているため、黙示の合意もしくは解除または信義則違反を理由に、保証債務を負わない、とも主張しました。

裁判所の判断

 裁判所は、結論としては新型コロナウィルス感染症による経営の悪化については、賃貸借契約には影響しないと判断しました。

 貸主は特に、物件の使用を制限したわけでもなく、また当事者間で特別な取り決めもない、ということがその理由です。

 連帯保証人の、代表取締役を辞任しているから保証債務を負わないとの主張に対しても、いずれも理由がないとして、認めませんでした。

 結果として、貸主側の請求はいずれも認められました。 

ポイント

 新型コロナウィルス感染症の蔓延により、多くの飲食店は経営の著しい悪化を余儀なくされ、閉店や倒産が相次ぎました。

 当事務所にオーナーから寄せられる相談の中にも、こうしたテナントの経営悪化による家賃滞納についてどうしたらよいか、というものが多くあります。

 テナントとの信頼関係の維持や、退去の回避のために家賃の減免を検討することも一つの考え方ですが、支払うべきは支払って貰うという対応も可能です。本裁判例にもあるとおり、裁判所は、家主に負担を転嫁するべきではない、という判断をする傾向にあります。

 コロナ禍は、たしかに店舗経営者(賃借人)には大変な試練ではありますが、家主には家主のリスク(物件の不具合や金利上昇等)もあり、もちろんこれは賃借人には転嫁できません。したがって、冷静に対応を選ぶ必要があります。

 家賃滞納等でお困りの場合は、一度、ご相談されることをお勧めします。

家主の承諾なく民泊を行ったことが、信頼関係を破壊するとして解除を認めた事例

2022-09-14

東京地裁平成31年4月25日判決

 本判決は、転貸は可能としながらも住居使用目的に限定していた賃貸借契約において、民泊営業は目的外使用であって信頼関係を破壊したとして、解除を認めた事例です。

契約内容

 都内のアパートについて、2015年の賃貸借契約締結時には、「(借家人名)の住居として使用する」との約定及び「転貸することを承諾する」との特約がありました。
 借主の住居として使用することと、転貸することはやや不整合ですが、標準的な書式に、転貸の承諾を特約とした盛り込んだ結果のようです。

民泊の実施

 もともと、このアパートはやや管理状態が悪く、以前は空室が続くなどしていました。そこでオーナーは、試しに民泊を行いましたが、結局安定収入にならなかったので、民泊はやりたくないと考えていました。
 しかし、問題となった賃借人は、オーナー自身は民泊をやりたくないとしても、自身か第三者において民泊を行おうと考え、借りるに至りました。
 そして、上記の通り、転貸の承諾は得たものの、民泊の承諾はオーナーから得ないまま物件を借り、民泊を実施しました。

裁判所の判断

 裁判所は、結論としては用法遵守違反による解除を認めました。
 仮に転貸が承諾されていたとしても、特定の借主が長期間住居として利用する場合と、不特定多数者が利用する民泊とは使用態様に差異が生じる点や、実際に、民泊によるトラブル(誤って近隣の部屋に入ろうとする、大声を出す、ゴミ出しマナー違反など)が生じている点などを考慮しています。
 また、民泊が発覚した後も一定期間、民泊営業を継続した点なども、信頼関係を破壊する理由として挙げています。

ポイント

 民泊は、利用する側にとってはホテルや旅館とは異なる滞在もでき、また数百万戸と増え続ける空き家の有効利用としても注目されています。
 しかし、物件オーナーやマンションの管理組合としては、民泊はトラブルが頻発するとして敬遠する方も多いです。
 本判決は、契約時に説明がなく、また実際に民泊によってトラブルが生じているなどの事実を前提に、解除を認めた事例として参考になります。
 物件を借りて民泊営業を行う場合は、民泊を承諾する旨を明確に文書化しておく必要があります。

迷惑行為(近隣居住者を誹謗中傷、うめき声を上げ叫ぶ、ドア開閉の騒音)を理由として、賃貸借契約の解除を認めた裁判例

2022-07-27

東京地裁令和3年11月17日判決

 本判決は、東京都内の共同住宅における賃貸借契約において、賃借人が迷惑行為を繰り返し、再三の警告を受けてもやめなかったため、家主との間の信頼関係は破壊されているとして、契約解除及び退去義務を認めたものです。

契約内容と迷惑行為

 本件の物件は、家賃6万円のマンションであり、賃借人2012年6月に入居して以降、1年毎に契約を更新して居住を継続していました。

 そして、5年後の2017年6月には迷惑行為を繰り返すようになっていました。内容は、次の通りです。

  • 近隣居住者を名指しで誹謗中傷する言葉を叫ぶ
  • わけのわからないうめき声を上げながら叫ぶ
  • 玄関ドアを何度も開閉させ,大きな物音を立てる

 なお、賃貸借契約書には「共同生活の秩序を乱す行為があったとき」は無催告解除ができる旨の規定がありました。

交渉経過 

 入居者側は迷惑行為を否認する一方、上階の部屋の床に穴が開いており、そこから大麻の匂いが漂ってくるから苦情を述べには行った、などと述べていました。しかし、上階の部屋は空室でした。

 2017年6月、管理会社は、迷惑行為を行った入居者に対して誓約書を書かせました。迷惑行為を行わないことや、病院で治療を受けること、誓約に違反したら法的措置に異議を述べないこと、などです。

 しかし、迷惑行為はなくならず、入居者は昼夜問わず、壁等を叩く・大声をあげて騒ぐ、などしていました。

 そこで、2018年6月には、家主が迷惑行為を中止するよう求める通知書を提出しました。

 それでも入居者は迷惑行為をやめず、近隣居住者からの苦情も多数寄せられるようになりました。そこで2020年9月、2021年2月にも、通知書により迷惑行為の中止を求め、法的措置も辞さないと警告しました。

 それでも迷惑行為がやまないために、家主が退去を求めて訴えを提起しました。

裁判所の判断

 裁判所は、管理会社の担当者や近隣住民の証言や、苦情の事実などから、迷惑行為を認定し、近隣居住者に対する精神的苦痛や相当な迷惑を被らせていることを理由に、契約解除条項に該当するとしました。

 そして、度重なる警告を無視して迷惑行為を継続したことから、訴状が到達した時点で、信頼関係の破壊があったとし、入居者に対し退去を命じました。

ポイント

 入居者が騒音や奇行などの迷惑行為を行うとして、家主から相談を受けることは少なくありません。本判決は迷惑行為があった際に契約解除が認められた事例として参考となります。

 迷惑行為がある場合は、迷惑行為があったこと、それが特定の入居者によるものであること、中止するよう相手に警告を与えたこと、などを、証明する必要があります。

 防犯カメラやボイスレコーダーでの記録、近隣の証言の確保、内容証明郵便の活用などにより、確実な証拠を残すとともに、早めに相談されることを勧めます。

 

ゴミを部屋に溜め込んで改善しない借家人に対する、用法遵守義務違反による契約解除を認めた裁判例

2022-07-10

東京地裁令和3年11月30日判決

 本件は、借家人が貸室内にゴミを溜め込んだとして、家主から契約解除され、建物の明渡しを求められた事案です。裁判所は、借家人の用法遵守義務違反を認め、退去を命ずる判決を出しました。

事案の概要

 物件は東京都台東区の12階建てマンションの5階の一室です。

 契約は2014年7月からで、賃料および管理費は合計60,000円/月です。借家人は入居時48歳の男性で、障がい者および身体障がい者としての認定を受けていました。

 2年毎の更新を経て、賃貸借契約は、2020年7月にも更新されました。

 借主は、いつからかゴミを溜め込むようになり、2020年には、室内に段ボール,空ペットボトル,ビニール袋に詰めたゴミを溜め込み,床上1m以上にそれらが積み上がった状況となっていました。いわゆる「ゴミ屋敷」状態になっていたものと思われます。

 2020年11月には家主は通知書を送り、ゴミの堆積状況が用法義務に違反するとして、本件の是正を求めました。しかし改善はなく、同年12月には、契約の解除通知を送りました。

双方の言い分

 家主側は、賃貸借契約書の善管注意義務や、マンションの使用細則における「不潔、悪臭のある物品」の持ち込み禁止、に違反するなどとして、信頼関係が破壊されていると主張しました。

 借家人側は、使用細則は見ていない、また、過去には片付けをしたこともあり、片付けが現在できないのは体調不良が理由でやむを得ないとして、信頼関係は破壊されていない、と主張しました。

裁判所の判断

 裁判所は、ゴミの堆積が建物の汚損・損耗を著しく進行させ、周囲にも悪臭・虫害などの悪影響を及ぼす、としました。

 そして、ゴミが1メートルにもわたって堆積している状況は、使用細則の定めなどを待つまでもなく、民法上の用法義務違反にあたるとしました。

 借家人の出入りの状況や裁判への対応状況などからすると、借家人が主張する、体調不良によって改善できなかったという、やむを得ない事情は認められない、としました。

ポイント

 賃貸借契約を解除するには、契約書上の規定に形式的に違反しているのみならず、両者の信頼関係が破壊されていることが必要とされています。

 これは裁判所の運用として定着していますが、具体的な信頼関係の破壊の有無の判断はなかなか難しい場合もあります。

 本件は、いわゆるゴミ屋敷のような状態にある部屋について、用法違反を認定した一事例として、参考となります。

 部屋に1メートル以上もゴミが堆積して、周囲にも被害が出ていたということで、結論としては解除が認められてしかるべき事案といえます。ただし、こうした事例もケースバイケースですので、本人の責任(体調不良の有無)や経緯、他人への被害の程度、改善の見込の有無なども考慮し、個別に判断が必要です。

債務不履行の有無の判断において、保証会社による代位弁済を考慮すべきではない、とされた事例

2022-07-08

大阪高裁平成25年11月22日判決

 本判決は、賃借人の家賃滞納後に保証会社による支払いがなされていた件で、保証会社が代位弁済(代わりに弁済)しても、賃料不払いという事実は変わらない、という判断をしたものです。

契約内容及び事実経過

 本件は、家賃・共益費等月額78,000円の賃貸住宅の事例です。借家人は、保証会社との間で家賃等について保証委託契約を結んでいました。

 2011年12月の契約後、数ヶ月後の2012年2月から支払いが遅れ始め、結局、同年4月から8月まで毎月78,000円を保証会社が毎月代位弁済しました。合計は39万円です。

 そして、賃貸借契約は解除されたとして、家主が明渡しを、保証会社が支払いを求めて提訴しました。

 なお、保証委託契約においては、訴訟提起時の滞納額に加え,月額賃料等の10ヶ月分相当額を上限として保証する旨、定められていました。

 本件は、滞納の事案としては一般的です。実際に、一審の裁判所(神戸地裁尼崎支部)は、原告らの請求を簡単に認めています。

論点

 本件の論点として、保証会社により代位弁済がされ、家主自身においては、滞納分の回収ができている場合に、当該代位弁済の事実が、除権の行使の根拠たる債務不履行の有無に影響するか、というものがあります。

 要は、家主は保証会社から支払いを受けて損をしていないから、解除はできないのではないか、という問題です。

裁判所の判断

 裁判所は、控訴人(借家人)の主張をあっさりと退けて、次のように述べています。

 「賃貸借保証委託契約に基づく保証会社の支払は代位弁済であって,賃借人による賃料の支払ではないから,賃貸借契約の債務不履行の有無を判断するに当たり,保証会社による代位弁済の事実を考慮することは相当でない。なぜなら,保証会社の保証はあくまでも保証委託契約に基づく保証の履行であって,これにより,賃借人の賃料の不払という事実に消長を来すものではなく,ひいてはこれによる賃貸借契約の解除原因事実の発生という事態を妨げるものではないことは明らかである」。

ポイント

 高裁の説明は、至極もっともではあります。

 つまり、「家賃滞納があったら解除できる」ということは「家賃の支払いがなされれば解除できない」ということですが、保証会社による支払いは家賃の支払いではなく、あくまでも保証の履行(実行)に過ぎず、別物ということです。

 たしかに、家主の金銭的な損得だけに着目すれば、保証によって損失は補填されます。しかし、借家人の不払いの継続という点が重要で、そのような借家人との信頼関係がなくなるのはやむをえません。

 これは、保証会社ではなく、保証人からの支払の場合も同様のことが言えるでしょう。

借上げ公営住宅の期間満了による明渡し

2022-07-05

神戸地裁平成29年10月10日判決

 この裁判例は、神戸市が所有者から借上げて提供する市営住宅が、期間満了により終了する場合、通常の賃貸借契約のような更新拒絶の正当事由などは不要であり、公営住宅法に定められた入居の際の通知も適法になされているとして、明渡義務を認めたものです。

 なお、この判断は、大阪高裁平成30年10月12日判決でも維持され、上告審(最高裁平成31年3月19日決定)でも上告が棄却され、確定しています。

借上げ公営住宅とは

 社宅の一形態として、「借上げ社宅」があります。これは民間に提供されている建物を会社が賃貸し、社員に社宅として提供(転貸)するものです。

 借上げ公営住宅も同様です。自治体が、建物を建設・購入することなく、第三者の所有建物を借り上げて、公営住宅として市民に提供するものです。

借上住宅の契約

 本件では、UR都市機構の所有建物を、神戸市が借り上げ(原賃貸借契約)、それを公営住宅として市民に提供していました(転貸借契約)。

 UR都市機構と神戸市との契約は、1996年(平成8年)から2016年(平成28年)までの20年間とされ、延長も可能でしたが延長はされませんでした。 

入居

 入居者は、入居時60代の女性で、2002年(平成14年)年9月1日入居を内容とする入居許可がされました。同年8月22日に交付された入居許可書には家賃などと共に、借上げ期間満了の2016年10月31日までに明け渡すことが記載されていました。

 その後、期間満了の7ヶ月前の2016年3月8日に、神戸市から同年10月31日に明け渡すよう求める通知がなされました。

争点

 本件の争点は、2点です。

 第一に、入居の際に必要な通知の有無です。公営住宅法では、借上公営住宅の「入居者を決定したとき」に、「借上げの期間の満了時に当該公営住宅を明け渡さなければならない旨を通知しなければならない」とされています(同法25条2項)。この通知があったといえるかが争点となりました。

 時系列としては①入居者申込み→②入居者決定→③入居者からの使用証書等の提出→④入居許可書交付ですが、このうち、期間満了時の明渡義務は④の許可書に記載されており、厳密には入居者決定と同時ではありません。そこで、上記通知があったといえるか、という問題です。

 第二に、入居の際の通知がなかった場合に、明渡義務が否定される場合があるか、ということです。定期借家のように、入居時の手続の不備が明渡義務に影響するか、ということです。

裁判所の判断

 裁判所の判断は次の通りです。

  • 公営住宅の使用関係には公営住宅法や関連条例が民法や借地借家法に優先して適用されるが、特に定めがなければ一般法である民法や借地借家法の適用がある(最高裁昭和59年12月13日判例参照)
  • 借上公営住宅の使用関係については、借地借家法における更新拒絶の正当事由の要件(同法26条1項、28条)は排除され、借上期間満了後に使用関係は更新されない
  • 入居者に対する期間満了後に明渡義務があるという旨の通知は、入居許可の時点でなされていればよい
  • 公営住宅の入居者については、事業主体(自治体)が自由に選択できるわけではなく、公営住宅の使用関係の設定の場面で私人間の契約の法理が当然に適用されるわけではない
  • 以上の理由で、必要な入居時の通知はあったといえ、明渡しは認められる

ポイント

 公営住宅が民間の建物を借り上げて提供されることは、既存の建物の有効活用であったり、地域的、時期的な需要の偏在・変動に柔軟に対応できるものであって、望ましいものといえます。

 したがって、期間満了をもって明渡義務があるという結論を導いたこの裁判例は、そうした制度の活用を推進するという趣旨でも妥当と考えます。実際、高裁や最高裁も結論を支持しています。

 公営住宅についての裁判例が、民間の建物賃貸借契約のトラブルや運用においてどこまで参考となるかはわかりませんが、公営住宅をめぐる裁判も少なからず相談されますので、参考のために照会しました。 

 

シェアハウスでの解除が無効とされた裁判例

2022-07-04

東京地裁平成27年11月10日判決

 本件は、シェアハウスを借りていた入居者に対して、シェアハウス経営会社が契約を解除したとして、玄関の鍵を交換したり、利用部分を封鎖したりした行為について、解除は無効、鍵の交換は違法と判断したものです。 

物件・契約

 このシェアハウスは、東京都渋谷区にあり、マンションの2DKタイプの部屋だったものです。家主は、各所に二段ベッドを置くなどし、カーテンや板で仕切るカプセルタイプを10箇所、個室タイプを3箇所設け、合計13の専有部分に区切って、シェアハウスとして貸していました。

 問題となった件は、入居者との間で賃料を43,000円として賃貸借契約を結んで、2012年12月から入居者は部屋を利用していたものです。

解除通知

 2014年9月に、入居者は、他の居住者が騒いでいて迷惑であったという趣旨のメールを家主側に送るなどしました。

 その翌月である10月に、家主側から入居者に対し「修復しがたい信頼関係の喪失」があったため、「即日契約解除」するとし、「即日退去して下さい」とのメールを送りました。理由としては「他の入居者への迷惑行為」を挙げていました。

家主による鍵交換

 その後のやりとりで、家主側が「10/31を期限」として退去を求める旨、通知しました。そして入居者の承諾のないまま、11月1日に玄関の入口の鍵を交換してしまいました。

 そのため、この入居者は同日に外出先から帰ると、部屋に入れず、一夜を外で過ごすことになりました。その後部屋には入れたものの、入居者の鍵では玄関の施錠・解錠ができなくなっていました。

 11月3日に、入居者は弁護士を通じて解除の無効と鍵交換の違法を伝えましたが、9日には入居者が在室中にもかかわらず入居者の利用部分の扉を取り外し、その後入居者が外出している間に、利用部分を閉鎖して利用できなくしました。

裁判所の判断

 裁判所の主な判断は次の通りです。

  • 本件は普通賃貸借契約であり、解除するには、契約違反が形式的ではなく「信頼関係を破壊する程度に至る」ものである必要がある。
  • 信頼関係の判断には、シェアハウスの特性(他の契約者との共同生活、防音性の低さなど)も考慮して検討すべきである。
  • 家主が主張する入居者の規約違反には十分な証拠、根拠がない。苦情を述べた他の利用者こそが問題であった可能性もあるし、証人の証言も不整合な部分がある。
  • 家主が勝手に利用部分の鍵を交換したり、玄関の鍵を交換したりしたことは、解除が有効であっても自力救済で違法である。ましてや本件では解除が無効であり、不法行為に該当する。
  • 入居者は、就職活動や資格試験の面でも影響を受け、荷物の搬出すらできずに閉め出されて大きな精神的苦痛を被った。慰謝料の金額は30万円(主張全額)相当に及ぶ。
  • 家主には、その他の新たな住居のための諸費用22万円、利用できなかった2ヶ月分の既払い賃料も支払う義務がある(合計60万円超の支払義務あり)。

この裁判例のポイント

 家主が、賃貸借契約の違反を主張して退去を求める場合には、法的に正当な手続(催告・解除・判決・執行等)を経なければ、自力執行として違法となります。

 これは、シェアハウスなどの特殊な契約であっても変わりありません。もちろん、通常の賃貸借契約でも、正当な手続をとる必要があります。

 賃料滞納ではない契約違反は、違反の存否が必ずしも明らかではなく、また、その程度が信頼関係の破壊に至っているかどうかも判別し難い部分があります。

 家主は、契約違反の客観的な証拠(写真、録音、メール)を十分に確保すると共に、当該違反が解除に必要な程度に至っているか法律の専門家に相談し、適切な法的手段に則って処理すべきです。

 この事案では、慰謝料の金額は入居者の請求額である30万円となっていますが、事案によってはさらに大きな金額になることも考えられます。最終的な支払額の他にも、そもそも訴えられて裁判をすること自体が多大な負担を負うことになります。

 家主の方が入居者に退去を求める場合には、行動する前に一度、専門家にご相談されることを強くお勧めします。

 

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